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■2012年度国際ワークショップ
題目: Households and population in the Ottoman and Iranian registers
日時: 2013年2月14日(木)15:00−18:00
場所: 東洋文庫2階講演室
発表者:
・Oktay OZEL:
Rural Populations in Anatolia according to the 16th and 17th Ottoman Registers
・阿部尚史(日本学術振興会):
The Households and Inhabitants in 19th Century Iranian City: Case of Tabriz
・高松洋一(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所):
Ottoman Population Registers of 19th Century Istanbul
使用言語:英語
[概要]
2月14日木曜日、東洋文庫2階講演室で催されたワークショップでは、日本とトルコにおける
オスマン史とイラン史の研究者によって、16世紀から19世紀までの帳簿史料を用いた家族構造や
人口動態のあり方に関わる研究報告がなされた。発表者は、オクタイ・オゼル氏(ビルケント
大学教授)、阿部尚史氏(日本学術振興会、日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所)、
高松洋一氏(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)の3氏である。報告と
質疑応答は英語で行われ、司会は高松氏がつとめ、20名ほどの参加者があった。
最初に文部科学省委託事業「特色ある共同研究拠点の整備の推進事業」イスラーム地域研究
東洋文庫拠点代表である三浦徹氏(財団法人東洋文庫研究員、お茶の水女子大学教授)のご挨拶
があり、次いで報告に入った。
オゼル氏の報告は、16世紀から17世紀までのオスマン朝の税に関わる帳簿に基づく人口動態
分析である。研究対象地は博士論文でも扱われたアマスヤとし、耕作地と人口に関わる情報を
整理しその変化をおった。その結果、17世紀には多数の村落、特に人口の少ない村落が消滅して
いることが明らかになった。これはアナトリアにおけるジェラーリーの反乱による荒廃が大きく
影響しているといえよう。また、本来免税であるはずのアスケリ階層がアヴァールズ税を支払い、
彼らや新たな移住者が荒廃地を耕作する事例がみられる。これは中央政府の財政危機を課税と
勧農によって解決しようとしたことを物語っている。加えて消滅した村落の地理的位置をみると、
守るすべのない平地にあったことが明らかであり、ここにもジェラーリーの反乱の影響が見て
取れる。このように税に関わる帳簿は単に人口動態の分析だけではなく、経済・農業生産を考察
する上でも重要な情報が含まれているのである。
高松氏の報告は、19世紀イスタンブルの「ルム」と呼ばれるギリシア正教徒の人口動態について
総理府オスマン文書館所蔵のイスタンブルに関わる577台帳のうち、3冊の簡易帳(1792/93、
1844/45、1856/57)の分析に基づく。まず、16世紀から1927年の共和国最初のセンサスにいたる
イスタンブルの総人口の推計が報告された。ついで、最初の近代的人口調査である3回の人口調査
(1831-39年、1844/45年、1856/57年に実施)を概観した上で、3冊の簡易帳を検討する。同じ場所
を示すギリシア語とオスマン語の地名が異なり、時代も記載内容も異なるため、これらの簡易帳間
の比較は容易なものではない。しかしながら分析の結果、1792/93年の記録ではギリシア正教徒の
総計は51861名であったが、1844/45年には49323名、1856/57年には46687名へと徐々に減少して
いったことが明らかになった。今後は新たに見出された明細帳や第一次大戦後連合軍占領期の人口
調査などを利用した分析が望まれる。
最後の阿部氏の報告は、19世紀末人口11万の都市であったイランのタブリーズに関わり1883年に
作成された、3冊の世帯台帳を利用した居住者の分析に基づく。史料では世帯を構成する男女の員数と
続柄そして職業などが詳述されている。そこで、特に4つの街区に焦点を絞り、それぞれの街区
ごとに、世帯構成員数の分布 、一夫多妻の世帯における既婚女性数と世帯構成員数の分布、出身地、
職業そして訪問した巡礼地に関わる情報などを整理分析した。その結果、街区によって世帯構成や
住民の職業に明らかな相違と偏りがみられた。また、ロシア占領地からの避難民とおぼしき人物が
みられ、住民の5分の2がアダバードを参詣しているなど、住民の移動と当時の世相を反映した情報が
含まれていることが明らかになった。そのため、本史料は世帯と人口動態の実態だけではなく、
当時の社会経済の実情を考察する上でも重要な史料であると結論づけることができる。イランに
おいては、中央政府所蔵史料へのアクセスが困難であり所蔵史料のカタログも存在しないなど、研究
をめぐる環境は容易ではない。しかしながら、イスラーム圏の家族と社会のあり方を考える上で極めて
興味深い報告であり、さらなる検討が待たれる。
今回のワークショップでは、それぞれ時代も地域も異なる帳簿に基づく発表であったが、書式、
記載内容、使用される用語には共通点もみられた。また、これまでの報告会では前近代、しかもオス
マン帝国の史料を中心とした報告に偏りがちであったが、今回は、高松氏の近代オスマン帝国の事例、
そして阿部氏の近代イランの事例が報告された。そのため、まさに「イラン式帳簿術の展開」を行政
に関わり作成された帳簿の実例に即して比較検討していくという大変ユニークなワークショップと
なった。そして、史料の分析に関しても、人口の見積もり方法、一夫多妻などといった問題について、
報告者はもちろんその他の参加者との間で、最新の研究動向や知見を踏まえ比較を念頭においた、
様々な意見、助言そして展望が提示され、活発な議論がおこなわれた。そのため、今回のワーク
ショップは、まさに5年間の公募研究の最後を締めくくるのにふさわしい高度な専門性をもつとともに、
新しい研究領域に確固たる橋頭堡を確保したことを証明するものになったといえよう。
(文責:今野毅)
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