■2011年度セミナー
題目: オスマン朝の宮廷俸給台帳についてOsmanli Saray Mevecib defteri
日時: 2012年2月14日(火)15:30-18:00
場所: 財団法人東洋文庫2階講演室
    (東京都文京区本駒込 2-28-21)
講演者: ビルギン・アイドゥン氏(イスタンブル・メデニイェト大学文学部歴史学科長)
     Prof. Dr. Bilgin AYDIN (Istanbul Medeniyet University)
発表言語: トルコ語(通訳付)

[概要]
2月14日火曜日、東洋文庫にて「オスマン朝の宮廷俸給台帳について」と題するセミナーが開催された。 報告者は、イスタンブル・メデニイェト大学文学部記録情報学科学科長のビルギン・アイドゥン博士である。 報告はトルコ語で行われ、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の松洋一准教授による日本語の 逐次通訳がなされた。雨の降る肌寒い日ではあったが、アラブ史、イラン史を専門とする参加者も含め、十有 余名の参加をみた。

 アイドゥン教授はアナトリアのベイシェヒルのご出身で、1994年マルマラ大学文理学部アーカイブズ学科 (今日の記録情報学科)を卒業され、修士論文ではシェイヒュルイスラーム庁の文書行政を、博士論文では 御前会議(Divan-i Humayun)諸事務局に関わる15-16世紀の台帳の成立・発展を検討された。出身のマルマラ 大学で教鞭をとられるようになってから、シェイヒュルイスラーム庁の文書カタログやウスキュダルをはじめと するイスタンブルのイスラーム法廷記録簿の刊行にたずさわるなど、オスマン朝のアーカイブズ史に関する精力 的な研究をすすめておられる。

 昨年の東洋文庫にけるセミナーで、アイドゥン博士はオスマン朝で作成された現存のおよそ30万の台帳のうち、 15-16世紀の台帳を概観されたが、今回は、その一類型である俸給台帳(mevacib defterleri)のうち、15世紀 後半から16世紀前半にかけて作成、利用されていた2冊の宮廷俸給台帳(saray mevacib defterleri)を取り 上げられた。これらの史料が、古典期オスマン朝の宮廷と国家体制の発展を考察し、新たなオスマン朝史の叙述 のために如何に重要な史料であるかということについて、その記載内容と書式の変化の分析に基づいて報告が なされた。報告の要旨は以下のとおりである。

 オスマン朝の宮廷は、コンスタンティノープル征服直後は、市内中心部の旧宮殿におかれたが、ついで半島の 先端部に建設された新宮殿に移った。宮廷は行政の中心としてだけではなく、君主の生活の場でもあり、特別な 空間であった。宮廷の構成員の多くはデウシルメ系のクル(kul. 君主のしもべ)に由来し、宮廷俸給台帳にはその 詳細な情報が記録されている。台帳では宮廷構成員は「集団(cemaat)」の見出しのもと、職務集団ごとに記録 されており、宮廷と行政の必要に応じて組織化がなされ、様々な職能が網羅されていたことがわかる。職務集団内 の記録において、親方(usta)と弟子(mulazim)という職階の区別が記録されていたこともたいへん興味深い。

 現存する最古の宮廷俸給台帳は、ヒジュラ暦883-885年/西暦1478-1480年付台帳である(以下、883年付台帳と 略述)。後代の宮廷俸給台帳では個人の名前は省略されているが、この台帳では5000人にものぼる構成員の名前が 明記されている。彼らのなかには、後の大宰相、州軍政官、県軍政官、さらには有力君侯国や封臣の子弟の名前を 見いだすことができる。そのため883年付台帳は、現存する史料が少ない15世紀のオスマン朝宮廷の実像を知る上で 極めて重要な史料といえよう。

 883年付台帳に続く、現存する宮廷俸給台帳としては、ヒジュラ暦889年-936年/西暦1489-1530年の間に作成、 利用されていた宮廷俸給台帳がある(以下、889年付台帳と略述)。この889年付台帳の記載内容を883年付台帳と 比較、検討し、宮廷構成員数と俸給額の変遷を追うと、メフメト2世以降、宮廷構成員の増加と行政機構の拡充が 進展したことが明らかとなる。例えば、宮廷厩舎で働く集団(cemaat-i istabl-i amire)は、883年付台帳では 131人であったが、6年後の889年付台帳の記録では、1329人に激増している。16世紀後半までに、俸給台帳が個々の 「集団」ごとに記録されるものへと特化し、様々な種類の「集団」固有の台帳が作成されていったことは、このよう な構成員の増加と行政機構の拡充に対応したものと考えられる。

 今後、様々な時期に作成された宮廷俸給台帳の記載内容をさらに比較、検討することで、何世紀にもわたる宮廷と その構成員の変化を踏まえた、新たなオスマン朝史を叙述することが可能となるだろう。

 報告後の質疑応答はトルコ語と英語で行われ、古典期のオスマン朝を考える上で大変興味深い事項が討議された。 特に、宮廷構成員の増加と財政規模の拡大との関連性、台帳に記載のある職人の集団が実際に宮廷に居住していたか 否かについては、今後さらに検討していく価値があると思われる。

 報告では多くの文書の実例が示されたため、専門外の参加者には難解な部分もあったと思う。しかしながら アイドゥン博士は、できるだけ具体的なイメージを与えるべく、宮廷の様子を描いた絵画や現存する建築物をスライドで 提示し、丁寧に説明してくださった。そのため、セミナーは高い専門性を持ちながらも大変専門家以外にとっても興味 深いなものとなったと思われる。アイドゥン博士に東洋文庫で講演いただく機会が再びあることを切に願うとともに、 今回のセミナー開催に尽力してくださった関係者の方々に感謝したい。

(文責:今野毅)

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