■2012年度講演会
題目: トルコにおける歴史学とトルコ歴史財団
日時: 2013年2月13日(水)15:00−18:00
場所: 東京外国語大学本郷サテライト4階セミナー室
講演者: オクタイ・オゼル(トルコ、ビルケント大学)
発表言語: トルコ語(通訳なし)

[概要]
 2月13日水曜日、本郷にある東京外国語大学本郷サテライトにおいてオクタイ・オゼル先生の講演会 が開催された。オゼル先生はアンカラのビルケント大学で長く教鞭をとられ、トルコ歴史財団の理事長 も努めておられる。ご専門はオスマン朝の人口動態に関わる研究である。しかしながら先生の関心は それにとどまらない。オゼル先生はトルコの歴史学のあり方についても鋭い分析をおこない、『昨日の 痛みDunun Sancisi』という一書をなしている。今回の報告は、オスマン帝国末期から今日に至るトルコ における歴史学とトルコ歴史財団の歩みを概観するものである。報告と質疑応答はトルコ語で行われ、 司会は高松洋一氏(公募研究代表者、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)がつとめ、 15名ほどの参加者があった。報告内容を要約すると以下のようになる。

 トルコの歴史学は近現代の政治の大きな影響を受け続けてきた。20世紀、イスタンブルのダールル フヌーンでAhmed RefikやFuat Kopruluといった人々によってトルコの歴史学ははじまった。1910年代 以降は『オスマン歴史協会報』といった雑誌も刊行され研究も進む。しかし、民族主義に基づく歴史観 が構築されていくとともに、研究は政治の強い統制下におかれていく。例えば、トルコ歴史協会とトルコ 言語協会の創設、そして太陽言語理論の提唱はまさにこの流れに位置付けられる。また、アンカラ大学 には言語・歴史地理学科が創設されFuat Kopruluが着任し、歴史学研究においてイスタンブル大学と並ぶ 地位を占めた。そして、アンカラ大学では後のオスマン史研究を主導するHalil Inalcikをはじめとする、 共和制下で教育を受けた研究者が育ち、彼らはオスマン帝国を「ネオビザンツ」と目する従来の欧米の 研究者に論争を挑んでいった。その一方で、経済史の創始者であり課税調査台帳に基づく研究を進めた Omer Lutfi Barkanは、1970年代までほとんど唯一無二、独自の道をいく存在でありつづけた。

 ところが、1980年代以降課税調査台帳に基づく研究が激増する。これには1980年の9月12日事件が 大きな影響を及ぼしていた。このクーデタ以降、学問の場にも政府から一段と強い統制が加えられる。 その結果、多くの研究者が大学を追放され、新たに任命された教官は無難で簡単な研究テーマとして 課税調査台帳を学生に与えた。そして、多くの学生が息苦しい大学を離れ海外に留学するようになった。 トルコ歴史財団は1991年に創設されるが、その背景には、統制を加えてくる国家から独立した情報センター を民間の寄付に基づき創設しようという狙いがあったためである。一方、追放された研究者は図書館で 研究を続ける。彼らの中には経済学や社会科学といった歴史学以外の分野の研究者も含まれており、 その業績はトルコの歴史学に新たな刺激を与えていく。

 やがて、文書館の利用が比較的容易になり、文化史・地方史など様々なテーマの研究がはじまり、 研究を取り巻く環境は大きく変化していく。2000年以降、私立大学が増加し地方にも国立大学が創設 されるようになり、海外で博士号を取得した研究者が帰国し教鞭をとるようになった。公務員ではない 私立大学教員は、国からの圧力を逃れ自由に研究するという新たな可能性を獲得したといえよう。近年、 女性・社会制度・辞書といった様々な現代的な研究テーマにも、トルコ歴史財団や政府から活発な支援が なされるようになった。そのため、トルコの歴史学は新しい局面をむかえ世界に開かれているといえよう。 もちろん、研究はあくまで史料に基づくことが不可欠であり、そのように心がけるべきである。

 以上の報告に対し、年代記の写本研究の必要性、建築やアルメニア問題に関わる研究の現状と課題など、 様々な分野について報告者と参加者との間で活発な質疑応答がなされた。

 今回の報告は近現代トルコ共和国の歩みと歴史学会の歩みとを相互に関連させながら簡潔に要点を おさえまとめられており、大変興味深いものであった。特に、9月12日事件が課税調査台帳に基づく研究を 促進したという見方は、目から鱗が落ちる話であるだけではなく、まさに当時一学生であったオゼル先生が 当事者として経験したこと踏まえたものであり、誠に印象に残る生々しい話であった。また、トルコに帰国 した留学生や新たに創設された地方大学の学生が今日のトルコの歴史学に大きな影響と刺激を与えていること をオゼル先生は強調されていたが、このことは今回参加した若い参加者の励みともなろう。

 オクタイ・オゼル先生のまたの講演を切に望むとともに、忙しい合間をぬってこの報告会の開催のため に尽力された高松洋一氏をはじめとする関係者の方々に深く感謝するものである。

(文責:今野毅)

研究会・報告のトップに戻る