■イスラーム地域研究東洋文庫拠点公募研究ワークショップ「オスマン朝のアヴァールズ税台帳について」その2

[日時] 2010年1月27日(水)15:00-18:00
[会場] 東京外国語大学本郷サテライト 3階 セミナー室 [講演] 「オスマン朝のアヴァールズ税台帳について」
[報告者] オクタイ・オゼル(トルコ、ビルケント大学
[使用言語] 英語(通訳なし)

[概要]
 この度のオクタイ・オゼル氏によるワークショップ「オスマン朝のアヴァールズ税台帳について」では、アヴァールズ台帳の 研究史と研究史上の問題点、台帳の成立背景、性質、記録様式、利用価値について大変明快にご説明いただいた。アヴァールズ 台帳について浅学な報告者にとっては、本史料についての体系的な知識を得るまたとない機会となった。

 アヴァールズ台帳は、従来、その重要性よりも危険性の方が強調されてきたように思う。というのも、これまで主として用い られてきた簡易帳(icmal defteri)に記されている『アヴァールズ・ハーネ』と呼ばれるアヴァールズ税独特の担税単位が、 実際は何人の担税者から構成されていたのかが不明であるという史料上の問題点のためである。報告者自身もこれまで、アヴァー ルズ台帳が17世紀の人口研究上非常に重要な史料であることは知りつつも「利用に際しては十分な注意が必要な、問題のある史料」 という負のイメージをもっていた。しかし今回、簡易帳ではなく明細帳(mufassal defteri)を包括的に用いた研究をなさっている オゼル氏のご講演によって、アヴァールズ台帳の中に上記の問題をカバーして余りある、実に多彩な情報が含まれているという事実 を知ることができた。また、本台帳のコンパクトかつ機能的な、汎用性のある記述様式には特に驚かされた。負のイメージにとらわれ 看過してきた史料の重要性に、目を開かれた思いである。

 以下に氏のご説明の概略を述べると、アヴァールズ台帳は政府が必要な時に必要な情報のみを調査し、作成したものである。その ため、タフリール台帳のように徴税に関する網羅的な情報が記載されたのではなく、作成時点で必要と思われる事項のみが記載された。 その記述様式は、作成された土地の名前、担税者の名前、担税者人数、アヴァールズ・ハーネの数、徴税総額という基本的なフォーマ ットと、その中に記載されている担税者個人に関する様々な記号化された情報の組み合わせから成っている。後者の内容は、担税能力、 所有地の大きさ、職業、既婚未婚の別、宗教、所有地の乾田水田の別など多岐にわたっており、それらが端的な用語や記号で示されて いる。アヴァールズ台帳はその後者の組み合わせを変えることで、政府の要求に応じてその時々で変わる調査内容を、同一の様式の もとに記述できるようになっていたのである。

 このような台帳の性質は、一方では連続性のある情報を得ることを妨げ、史料として利用することを困難にもするが、もう一方では 行政上必要な情報を端的に手に入れ整理することを可能にする、柔軟性・機能性の非常に高い台帳であったと評価できるのではない だろうか。報告者は、アヴァールズ台帳の記述様式が場当たり的な記載内容を混乱なく整理し、徴税を滞りなく行うための効率的な情報 整理システムを確立し得ていたという点に大変驚いた。

 和やかな雰囲気の中で行われたこの度のワークショップは、今後帳簿を利用した研究に取り組んでいきたいと考えている報告者にとって、 大変勉強になるワークショップであった。講演をしてくださったオゼル氏、また開催者の皆様に対する感謝の念でいっぱいである。今回 得た知見を活かし、氏が最後に提示してくださった「単なる数字の集まりから何を抽出するか」という、帳簿研究を行う上で非常に大切な 問題設定の部分についても、今後自分の研究の中で探求していきたいと思う。

文責 佐治奈通子(京都大大学院文学研究科西南アジア史学専修修士課程所属)

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